最近観た映画

・「ベン・ハー」 Ben-Hur (1959)
 これは凄い映画だと思った。イエス・キリストに関する描写や、その他の設定に若干の疑問点は残るが、それを補って余りある仕上がりである。私が特に感心したのは、映画後半に出てくる馬車レースの場面で、レース開始前に4頭立ての馬車 (古代の戦闘車)が横一列にピタッと並んでコースを一周するその美しさは圧巻であった。ストーリーも王道ながら、観ていて興奮させられるもので、200分超の大作でありながら、一気に観ることができた (実際には2夜連続放送だったので、前半は分けて観た)。教訓的でもあるので、他の人にもお勧めできる映画だ。

・「マッドマックス」 Mad Max (1979)
 オーストラリア製作の映画とは私の中では珍しい。内容は、実に絶望感を感じさせるストーリーと、派手なアクションである。暇つぶしに観る映画であるが、あまり他人にお勧めはできない。

・「マッドマックス2」 Mad Max2:The Road Warrior (1981)
 観終えてからWikipediaを参照すると、漫画「北斗の拳」や映画「ウォーターワールド」の世界観に多大な影響を与えた作品らしい。前作よりも面白い。

・「ドラゴン危機一発」 唐山大兄 (1971)
 以前にも1度観たことがあるが、また観てしまった。工場長や社長が主人公を懐柔しようとする流れなどはよく出来ていて面白い。

・「ドラゴンへの道」 猛龍過江 (1972)
 敵役のチャック・ノリスが良かった。ストーリーは単純。

・「死亡遊戯」 Game of Death (1978)
 ↑2つを観てすでにブルース・リーはお腹いっぱいという感じであったのだが、有名な作品であり観たことがなかったので。冒頭が「ドラゴンへの道」の撮影場面で、それに出演している俳優が主人公、という設定は面白いと思った。

・「釣りバカ日誌13 ハマちゃん危機一髪!」 (2002)
 何も考えずに観れる作品。本作や↓のファイナルはまだ観ていなかったが、TVで放送される度に飛び飛びで観ているし、原作漫画もだいたい読んでいる。

・「釣りバカ日誌20 ファイナル」 (2009)
 三國連太郎さんと言えば、もちろん若い時の作品も少しは観ているのであるが、私にとっては「釣りバカ日誌」シリーズのスーさんである。頑固だが社員思いの社長の役を演じる三國連太郎さんは私の中で好印象である。

・「ハリー・ポッターと賢者の石」Harry Potter And The Sorcerer’s Stone (2001)
 小学生から中学生にかけて、確か原作を3巻までは読んでいたはずである。映画も1作目 (本作)は観ていたと思うが、地上波での4作連続放送ということで、改めて観た。やはり映画は出来が悪いなぁとは思ったが、原作を改めて読みたいという気持ちになった (その後実際に4巻まで買い揃えることになる)。映画公開時、ハーマイオニー役の女の子が人気になったような記憶があるが、確かに大人になってから観ると、この1作目と2作目までで見られるエマ・ワトソンは可愛いし、日本語吹替で担当している須藤祐実の声もなかなか良い。

・「ハリー・ポッターと秘密の部屋」 Harry Potter And The Chamber Of Secrets (2002)
 「部屋」と聞くと日本人はすぐ”room”という英単語を思いつくが、原題では”chamber”なのだと気付かされた。逆に”chamber”と聞くと、私の場合は「実験器具や機械にある区切られた空間」というイメージが強い。本編については前作同様、原作を読んだあとでは物足りない感じがするのと、とにかく蛇がデカすぎる。

・「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」 Harry Potter And The Prisoner Of Azkaban (2004)
 この作品から、ハーマイオニーをあまり可愛いと感じなくなる。

・「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」 Harry Potter And The Goblet Of Fire (2005)
 多分ここからは原作を読んだ記憶がないので、映画で先に観てしまったことになる。人が死んだりして内容もかなり暗いが、物語全体からすれば面白くなってきたところと言えよう。原作も購入したのでそのうち読む予定。

・「ナショナル・トレジャー リンカーン暗殺者の日記」 National Treasure: Book of Secrets (2007)
 「ナショナル・トレジャー」シリーズは本当に下らないということを改めて確認できた。
 

いくらなんでもちゃちすぎる

 一人暮らしを始めて8年目になるが、私は自分の郵便受け (マンションの玄関ロビーにあるやつ)に鍵を取り付けたことが無い。その理由としては、まず第一に郵便の出し入れが面倒になるということが挙げられるが、稀に郵便受けの扉を開けないと入れられないような荷物が届くから、という理由もある。これは特にコンピュータの部品などをインターネットで海外から購入したときに多い。国内のサービスで本当に重要な郵便物、例えばクレジットカードなど、はそもそも書留で送られてくるので、郵便受けに鍵をかけなくても問題は無い。……いや、実際には問題あるのだが、利便性と秤にかけた結果、鍵を取り付けていないのである。

 ところが先日、コンビニへ買い物に出る途中、ふと郵便受けを確認しようとした私は驚いた。なんと、私の郵便受けの扉に鍵が取り付けられていたのである。無論私は取り付けた覚えが無い。誰かが勝手に、私の郵便受けに鍵を取り付けていたのである!

 とりあえずアイスを食べたいという欲求を満たすため、先にコンビニへ行きアイスを購入した私であったが、部屋に戻ってアイスを食べながら考えてみると、これはどうにも腹立たしい。法律上の詳しいことは分からないが、もし私が住んでいる部屋に誰かが勝手に侵入したり、あるいは誰かがドアを何らかの方法でロックして私が出入りできないようにしたとしたならば、よほど正当な理由が無い限り、逮捕起訴されるレベルの犯罪である。そして私の部屋が私の権利下にあるのと同様、私の部屋の番号が付された郵便受けは、たとえそれがマンション玄関の共用スペースにあろうとも、私の配下にあるはずであり、その中に入れられた郵便物も、私の所有物である。たとえマンションの管理会社であろうとも、私の許可無く郵便受けからものを取り出したり、それを塞いだりすることは許されないはずだ。

 まぁ恐らくは、誰かが間違って取り付けてしまっただけで、悪意は無いと考えるのが精神衛生上良いのであるが、私には人から悪意を持たれる理由が無くもない。故意のいたずらである可能性もゼロではないのだ。となるともう一度、その勝手に取り付けられた鍵を改めておく必要があるだろう、と私は考えデジカメを持ってマンションの玄関ロビーへと向かった。

 鍵のかけられた郵便受けの写真を何枚か撮った後、鍵や郵便受けの扉を調べてみると、まず鍵は3桁のダイヤル錠であった。他の入居者が付けているのと似たサイズの小さな錠であったが、同じデザインのものは、私以外の入居者の郵便受けには見当たらなかった。また、郵便受けの扉は閉じた状態でも開放部が広く、棒や針金をつかえば容易に中の郵便物が取り出せそうであることも分かった。これなら中の郵便物が取り出せなくて困る、という事態は避けられそうだ。それにしても、ダイヤル錠が3桁というのは御粗末だと私は思う。3桁ということは、1000通り試せば開いてしまうということだ。1回の試行にかかる時間を2秒とすると、全ての組み合わせを試すのに2000秒、30分強である。実際には、平均して半分の時間で解錠できることが期待できるので、およそ15分程度しか持たないということになる。さらに言えば、一般的なダイヤル錠は人が手で操作する関係上、例えば施錠する際に全ての桁をランダムに移動させるということをしない、などの習慣によって、期待される最大強度に達しない場合が多々ある。

 そこで私は、思い切って番号の分からないダイヤル錠の解錠に取りかかった。特に予備知識は無かったが、ダイヤル錠の構造を想像するに、1000通り試さずとも効率よく解錠する方法を思いついたのだ。それを実際に試してみると……

 1分足らずで開いた。

 「いくらなんでもちゃちすぎるだろ!」

 これはヒドい……。詳しい方法は記さないが、単にダイヤルが1つしか動かされていなかった (この場合は最大30試行で解錠できる)とか、解錠する位置から全て同じだけ3つのダイヤルが動かされていた (この場合は最大10試行で解錠できる)、というわけではない。これは一般的なダイヤル錠の仕組みそのものというよりは、私の郵便受けに取り付けられていたダイヤル錠の精巧さに関する問題である。ともかく、こうして郵便受けに勝手に取り付けられていたダイヤル錠は解錠できたわけだ。

 次の日私はマンションの管理会社へ電話し、取り外した鍵を本来の持ち主に返したいという名目で、調査を御願いした (郵便受けのある玄関には監視カメラがあるので、その気になれば怪しい人物の画像を得ることは可能なはずである)。一週間経った今も音沙汰がないのできっと管理会社はまともな対応をする気がないのだろう。近々次の手に出る予定である。

 ちなみに、私はiPod touchの解除キーもデフォルトの4桁から6桁にしている。毎回入力するのは確かに面倒であるが、個人情報のいっぱい詰まった電子機器なので、それくらいの措置は必要であろう。4桁から6桁にするということは、単に解除までの平均試行回数を100倍にするという意味もあるが、iOSは決まった回数以上のロック解除試行に対して、内蔵データの削除という手法で情報漏洩を防ぐ仕組みがあるので、面識のない人に拾われた場合を想定してというよりは、パスワード解除をする際に手元を見られて、というパターンを想定しての措置である。

勉強します

 最近、ステーキを焼いて食べることが多いのだが、肉用のテーブルナイフを持っていなかったので、近所の商店へ買いに行った。その商店は主にグラスを扱う店で、テーブル用品一般も売っている。私が知る限り、少なくとも3,4年前から店頭に閉店セールの文字を掲げている小さな店であるのだが、入店するのは今回が始めてである。

 店番をしていた初老の女性に訊ねたところ、その店で最も安い肉用のナイフは、1本350円のものだということであった。私がそれを6本買いたいと言うと、在庫を調べてくれたのであるが、その350円/本のナイフは袋に入った在庫が4本、見本の1本を加えても5本しかなかった。それなら5本でも構わないのでそれを購入する、と言うと、その女性は、「勉強させてもらいます」と繰り返し言って、5本を1500円で売ってくれた。

 この初老の女性が用いた「勉強(する)」という表現が、商売で使われるとき「値引する」という意味であることは、もちろん知識としては知っていたが、実際に聞くのは初めてであった。普段はスーパーマーケットやコンビニなど、交渉による値引きというシステムが無い店で買い物をしているので、この表現に出会う機会が無かったのだ。またそもそも、私は買い物をするときに値引き交渉というものをしたことが無い。今回はたまたま、買った場所が個人商店で、購入数が複数、そして見本品含む、という条件が重なったため、店員の方から値引きを申し出てくれたわけである。

 よく考えてみると、「勉強」の漢字二文字には、どちらにも「学習」に関係する意味合いは無い。だから熟語の構造的には、より一般的なstudyよりも、少ない利益で取引をする、の方が用法として正しいような気がする。

“たまむすび”の聴き方

 TBSラジオの昼帯番組”たまむすび”を以前から聴取している。深夜番組のJUNKと違い、昼時の番組ではラジオショッピングや交通情報等も頻繁に入るため、私は基本的にこの番組をポッドキャストで聴き、気になる箇所 (メールテーマや音楽など、ポッドキャストで配信されない部分)があるときは録音したものを聴く、ということにしている。

 ”たまむすび”のポッドキャストはコーナーごとに区切られて提供されるため、1回の放送につき2〜3のエピソードが配信されている。最近の主な構成は以下のとおりである。

(月〜金):オープニング

(月):竹山、ガム買ってきて!
(月):週刊ニッポンの空気

(火):アメリカ流れ者

(水):アンケート大体2:8
(水):おもしろい大人

(木):ハガキで悩み相談
(木):おもしろい大人

(金):その筋の話
(金):小噺はるか スナックママへの道

 このうち、私は

(月):週刊ニッポンの空気
(火):アメリカ流れ者

の2エピソードはダウンロードされたらすぐ消している。前者に出演している小田嶋隆という人物は、それほど頭が悪いとも思わないが、主張が強すぎるきらいがあり、大局的な見方があまりできていないように思う。もっともらしいことを言うときもあるが、どちらかというと話を聴いてイライラさせられるので、このエピソードは削除している。後者に出演している町山智浩という人物は、電話での出演ということでスタジオの空気を十分に読めていないのか、面白くもない話を面白そうに話すので、こちらもイライラさせられる。

 パーソナリティーの赤江珠緒さん(月〜木)と小林悠さん(金)の魅力もさることながら、曜日ごとに変わるパートナーも皆良い喋りで、料理をしながら、あるいは作業をしながら聴くのに非常に良い番組となっている。パートナーの中では(木)のピエール瀧さんが最もレベル高いと思うが、(水)の博多大吉さんや(金)の玉袋筋太郎さんも安定感があるし、(月)のカンニング竹山さんは、知識レベルはあまり高くないもののよく考えたトークをする点が好印象である。(火)の山里亮太さんには自虐ネタぐらいしか取り柄が無いように思えるが、それはそれで面白い。

これが科学だ

 数年前のことであるが、当時小学5年生だった女の子と、あっち向いてホイをしたことがある。たとえ相手が自分 (大学院生)よりずっと幼い子供だとしても、ゲームに対して真剣に望む私は、その少女がジャンケンで出す手、そして顔を動かす方向、指差す方向を頭の中で分析していた。あっち向いてホイを続けるうちに (子供はこのような単純なゲームでも飽きにくいので、大人が飽きても続けようとする)、その少女には、ジャンケンで出す手に規則的な順番があること、さらに顔を動かす向きにも偏りがあることが分かった。結果、私の勝率は8割程度に達し、少女は非常に悔しがっていた (悔しがる幼女はなかなか微笑ましいものである)。観察を重ねることでパターンを会得しそれを実践する、というのは科学の重要な考え方の一つである。

 少女は自らの出す手や顔の動かし方に偏りがあることに気づいていない様子だったので、私は一通り悔しがらせた後、ネタばらしをしてあげた。小学生や中学生の時分だと特にそうだと思うが、物事を決める際、ジャンケンを用いるというのは日本において一般的である。ジャンケンで決めることの中には、当たり障りのないこともあるが、後々の人生を大きく変えるようなものも含まれる。一見公平に思えるこのジャンケンも、上の例から分かるように、相手の技量 (?)によっては勝率がevenにならない場合もあるので、私が教えてあげたことが、少女にとってこれからの人生で度々訪れるであろう勝負の時を不利な状態で迎えない助けになること願っている。