パッポー、パッポー、パッポー、……
ボックスの壁にかけてある鳩時計が7回鳴る。時刻は19:00だ
駿「というわけで、この図のように、山吹、会長、朝比奈さんの3人はプリンが冷蔵庫に入れられてからボックスに来ていた」
3人と桜の証言をまとめた略式の図がプロジェクターに映し出されている。桜が手早く作成したものだ
駿「そのことは、本人の証言と少なくとももう1人の証言によって確かめられている」
駿「しかし、それぞれがボックス内で1人になる時間帯があった。ということは……」
桜「ということは?」
駿「……」
駿「誰にもアリバイは無いっ!」
姫花「はぁ……。進展、ゼロだな」
茜「まったく、その通りだな」
瑠璃「そうねぇ……」
うーん、マズい。まさか容疑者3人が揃いも揃って今日ボックスに来ており、しかも単独でいる時間があったとは……
しかしまぁ、そもそも今回の件でアリバイを証明するというのは困難だったな
大学の講義に出ていたとしても、休み時間にボックスを訪れることは簡単だ
それに大学は人それぞれ、受けている講義が違うから、昼過ぎから18時過ぎまで、ずっと一緒にいた人などいないのが普通だ
よって、プリンが冷蔵庫に入れられてからボックスに入っていないことを証明するのは難しい
例えば誰か1人が、桜がプリンを入れてから無くなったことに気付くまで、ずっとボックスにいたというのなら別だが
せめて、プリンがいつ無くなったのかが分かれば……
駿「あっ、そうかっ!」
桜「何か分かったの、駿っ!?」
駿「大事な質問を忘れていた」
桜「というと?」
駿「会長、朝比奈さん、それに山吹。ボックスに来たとき、冷蔵庫は開けましたか?」
駿「そしてプリンがあるのを見たという人は?」
例えば、もし会長がプリンの存在を確認していたとすれば、その前に誰かが食べたという可能性は消える
犯行時間を大きく絞り込むことができるというわけだ
しかし果たして、プリンの目撃情報はあるのだろうか?
茜「私は冷蔵庫にチョコを入れたから開けたな。しかしプリンは見てないぞ?」
瑠璃「そうねぇ、私も飲み物を出したから冷蔵庫を開けたけど、気付かなかったわね」
姫花「見てはおらぬな。冷蔵庫を開けてもいない」
はぁ、なんてこった
「プリンを見た」という証言なら「プリンが当時冷蔵庫にあった」と結論づけることができるが、逆は言えない
隅々まで探した結果無かったというのなら別だが、大抵は目に入らなかっただけの可能性が高い
しかも、少なくとも犯人は嘘をついている可能性が高いのであるから全員の供述を信用することはできない
これじゃ誰がプリンを食べたのかはおろか、いつ無くなったのかも皆目見当がつかないぞ
一体どうしたものか……
ーーー
瑠璃「駿くん、行き詰まっているみたいね」
駿「えぇ。アリバイが全然無いですし、犯行時刻も絞り込めないんです」
駿「誰もがプリンを他人に見つからずに食べることができた、ということになりますよね」
瑠璃「そうね。それじゃ捜査は進展しないわね」
瑠璃「それでね、これは私からの提案なんだけど、こういうのはどうかしら?」
駿「何ですか?」
瑠璃「プリンがいつ取られたのか、と考えて行き詰まっているのなら、別の方向から考えるの♪」
瑠璃「例えば、”なぜプリンなのか?”とか」
駿「どういうことですか?」
瑠璃「いい? 冷蔵庫の中には他にも食べ物が入っているのよ♪」
駿「えぇ、そうですね」
朝比奈さんの言う捕り、冷蔵庫の中には大抵、甘い物が何かしら入っている
もっとも、今回のプリンのように値の張る洋菓子が常駐しているわけではない
チョコレートとか、箱のアイスとか、そういう類のものだ
甘い物ではないが、お茶請けの漬物とかが入っていることもある
瑠璃「つまり、プリンを食べた犯人は、他に入っていたものではなく、プリンを選んだのよ」
桜「た、確かに。そう言われてみるとそうですね、瑠璃さんっ!」
駿「と、ということは……」
駿「そうか、分かったぞっ! 犯人は、プリンが好きな人間っ!」
姫花「えっ……。まぁ、食べたんだから好きなんじゃないか? 最初から分かっていることだろ」
そうだった
駿「あははは……」
笑うしか無い
茜「もう少ししっかりしろ。好きの逆も考えられるだろ」
駿「えっ!? 犯人はプリンが嫌いなのに取った?」
駿「……ということは別の誰かに食べさせるために!?」
瑠璃「……」
瑠璃「まぁそれも考えられなくはないけれど」
瑠璃「あーちゃんが言ってるのは、プリン以外の物が嫌いだった可能性だと思うわよ」
あっ、そうか!
駿「ということは、冷蔵庫に入っている他の物を調べるべきということですかっ!」
瑠璃「えぇ、そうなるわね♪」
そうと決まれば資料の調査だ!
駿「よし、桜、冷蔵庫の中の物を机の上に出すんだ」
桜「らじゃーっ!」
ーーー
というわけで、冷蔵庫の中身が全て机の上に並べられたわけだが……
桜「結構いろいろ入ってたね」
駿「そうだな……」
5人いるメンバーそれぞれがものを詰め込んだ結果、こうなってしまったのだ
冷凍庫はともかく、冷蔵庫はぎゅうぎゅう詰めだった
茜「これはまた、中身を整理しないとな」
一応、2ドアではあるが、小型の冷蔵庫である
茜「おい、誰だ? 冷蔵庫に電池入れたのは?」
ホントだ、単二電池(何に使うんだ?)が発掘されている
瑠璃「あら、それ、私が入れた電池よ♪」
朝比奈さんか……
瑠璃「私のおばあちゃんがね、『電池は冷蔵庫で保管するんだよ〜』って言ってたの♪」
駿「あ、俺もそれ、聞いたことありますね」
茜「確かに、昔は電池の自然放電を押さえるために冷蔵庫に入れておいたりしたそうだが」
茜「最近の電池はそんなことしなくても、あまり自然放電しないように改良されているんだ」
茜「逆に、冷蔵庫から出した時に生じる結露の方が電池に悪いそうだぞ」
瑠璃「えぇー、そうなの!?」
茜「あぁ、そうだ」
へぇー
桜「あれ? このタッパはなんだろ?」
桜が持っているのは弁当箱ぐらいのタッパだ
姫花「それは私が入れたものだ。開けてみても構わんぞ」
なんだなんだ? 山吹のことだからな、何か恐ろしいものを冷蔵庫に入れていないとも限らない
会長もそれを察したのか、一歩下がってタッパを持つ桜から離れる
桜「それじゃ……何これ? コケ?」
桜「うわっ! カエルだっ!」
やっぱりな、そんなとこだと思ったよ
どうやらカエルは冬眠させられているようで、じっとして動かない
瑠璃「あら♪」
まったく動じずタッパに顔を近づける朝比奈さん
対して会長の方はかなり動揺、というか怒っている
茜「山吹っ! なんで冷蔵庫にカエルなんか入れてるんだっ!」
姫花「えっ? カエルを冷蔵庫で冬眠させるのをご存じないのですか?」
茜「知るかっ!」
姫花「両生類屋の間じゃ常識なんですけどねぇ……」
桜「そ、そうなんですか! 勉強になります」
いや桜よ、そんなの知らなくても多分一生困らないから
まぁ会長の反応が正常だろう
茜「そういうのは下宿の冷蔵庫でやれ。今日持って帰るようにっ!」
姫花「はーい」
会長、よほどカエルが苦手なんだな……
おっと、忘れていた。冷蔵庫の中身から犯人の菓子選好性を調べるんだった
冷蔵庫には電池とカエル以外に、恐らく会長が入れたのだろう、徳用チョコレートが何袋か
まだ封を切られていない新品の袋も入っている
飲み物だと、お茶を淹れる用の水のペットボトル以外に、缶コーヒーやら炭酸やらが入っていた
あと、いつから入っているのか分からない棒アイスの箱が冷凍庫に
他にはお茶受けの漬物とか
駿「うーん、これじゃ犯人を絞ることはできな……」
いや、待てよ?
駿「そういや、山吹ってチョコレート嫌いじゃなかったか?」
瑠璃「た、確かにっ! 姫ちゃんっていつもチョコは食べないわよね」
姫花「うむ、食べられないという程ではないが、好きではないな」
やっぱりそうかっ!
はっ! しかもよく見ると、冷凍庫に入っていたアイスもチョコレート味だっ!
と、ということは……
駿「ふっ、分かったぞ! 犯人は山吹、お前だなっ!」
恐らく事件の真相はこうだ
山吹は用意していた昼食だけでは足りなかったのだ
おまけに授業に出て頭を使ったため、脳が甘いモノを欲していた
そこで山吹は桜が出て行った後、ボックスの冷蔵庫を物色。するとチョコレートとアイス、それにプリンを発見
しかしチョコレートの嫌いな山吹はチョコとチョコ味のアイスは食べない。よってプリンが標的になったのだ
空腹という己の欲望を満たすため、山吹は他人のプリンを勝手に食べるという犯行に及んだのだ
しかし、山吹もある意味では、スイーツという誘惑の被害者だったのかも知れない
こうして、事件は探偵、小金井駿の捜査によって速やかに解決……
姫花「するわけないだろっ! チョコが嫌いってだけで犯人にされてたまるかっ!」
姫花「大体、そこまで言うなら証拠があるんだろうな?」
ふっ、そりゃ推理ドラマで犯人がよく言うような台詞だぜ、山吹よ
なら、ここはひとつ……
駿「おい山吹、よく見たら口元にカラメルソースが付いてるぜ」
姫花「なにっ? そんな……はずは……。さっき洗面所でちゃんと拭い……はっ!? しまった……」
姫花「……ってなるわけないだろっ!」
チッ、引っかからなかったか
夕方6時くらいにやってるアニメだと、こんな感じでカマかければあとは犯人が勝手に自白するんだが
っていうか、山吹もけっこうノリのいいとこあるな
茜「おい駿、流石にそれだけで断定できると考えるのはおかしいだろ」
瑠璃「ちょっと無理がありすぎねぇ」
桜「はぁ……」
桜にまで長い溜息を吐かれちゃったよ
まぁ、そんな気は自分でもしてたけどさ
駿「となると、冷蔵庫の中身から犯人を推定するのは難しいですね」
しかし、他に何を考えればいいというのだろうか?