Pがきえた

作: Hiroki ITO, 校正: Mikiyasu KOBAYASHI

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週明け。月曜。サークルのボックスにて事件は起こった

桜「無いっ! 無いっ!」

桜が冷蔵庫の前で何やら騒いでいる。一体全体どうしたというのだ?

駿「おい桜、何か探しているのか?」

桜「駿っ! 無いんだよっ!」

駿「だから何が?」

桜「プリンっ! 冷蔵庫に入れておいたのにっ!!」

プリン? なんだ、そんなものか。心配して損した

桜「あのね、無くなったのはラ・プレヌ・リュンヌの新作プリンなんだよっ!」

桜「手作りで、1日たったの50個限定なんだよ!?」

桜「その辺のスーパーやコンビニで売ってるプリンとは違うんだからねっ!」

主成分が卵であるという点においてはどのプリンも同じだと思われるが、桜が違うというのだから違うのだろう

駿「それで? その手作りプリンとやらには名前とか書いておいたのか?」

桜「いや、実は書いてなかったんだけど……」

駿「それはちゃんと書いておかなかった桜が悪いんじゃないか?」

桜「うぅ……。でもっ! でもさ、普通は勝手に食べないでしょ?」

駿「まぁそりゃな」

桜「それに1個しか入れてないんだし。人数分あったならともかくさ」

一体誰が桜のプリンを食べたというのだろうか

サークルの人員は俺を含めてもたったの5人、そのうちの誰かが食べたとみて間違いないと思うのだが……

桜「せっかく今日の講義が終わってから食べようと思ってたのに……」

おいおい、そんな悲しそうな目で見られたら、放っておくわけにいかないじゃないか

駿「仕方ないな、今から俺が買ってきてやるよ」

いくらちゃんとした洋菓子店のプリンとは言え、高くてもせいぜい500円くらいの話だろう

桜を笑顔にできるというのなら、安いもんだ

桜「えっ、本当に!?」

俺が買ってやると言った途端、桜の顔がぱっと明るくなった

現金なやつだ

桜「あっ! でも……」

ところが、その笑顔も一瞬で曇ってしまう

桜「ラ・プレヌ・リュンヌのプリンはいつも夕方の早い時間には売り切れちゃうんだよ」

そうか、そういう罠もあったのか

ラ・プレヌ・リュンヌはここらじゃ有名な店だ。店が小さいせいもあるが、行列ができていることもある

今は5限の講義が終わった後、18時過ぎだから、一般的な洋菓子店の営業時間としては終盤の時間帯だ

人気商品だという数量限定の新作プリンが売れ残っている可能性は低いと思われる

駿「そうか……」

となると、今すぐにその新作プリンを食べたいという桜の願いを叶えることは困難だ

まぁ、プリンを食べないと死ぬというわけでもあるまいし、数量限定でも明日にはまた手に入るのだ

ところが、これで話は終わらなかった

桜「あのさ、駿」

駿「なんだ?」

桜「その、とりあえず誰が桜のプリンを食べたのか、調べてくれないかな?」

駿「えっ?」

桜「やっぱりさ、このまま黙ってるってわけにもいかないでしょ?」

そりゃそうだが

駿「それはお前が自分で聞けばいいだろ?」

桜「そうなんだけどさ……」

桜「これは何だか事件の匂いがするんだよね」

駿「事件の匂い?」

なんだその曖昧な表現は

桜「とにかく、なんだよ」

とにかく、ねぇ

駿「それじゃ仕方ないな。俺が調べてやるよ」

可愛い妹の頼みだしな

というわけで、俺はプリン紛失事件の捜査をすることになった

ただし、捜査はこのサークルなりのやり方で行う

普通に、「誰か冷蔵庫のプリン食べました?」なんて聞いても面白くないからな

幸いにも、今日は例会のある月曜日である

ーーー

ガチャ

まず扉を開けて入って来た被疑者1人目は、山吹姫花(やまぶきひめか)。理学部の2回生である

見ての通り無愛想で、絵に書いたような幼児体型だ

姫花「……お主、なにか失礼なことを考えてはおらぬか?」

あと妙に勘がいいところがある。なにかと不思議な存在だ

駿「いや、そんなことはないぞ。ところで調子はどうだ?」

姫花「特にどうということはない。なぜそのようなことを尋ねる?」

しれっと誤摩化すためさ、とは言えないのでまた話を逸らす

駿「今日は久しぶりに事件があるんだ。だから皆が揃うまで座っておいてくれよ」

これは本当のことだ

姫花「ふむ、事件とな? いいだろう」

そう言うと山吹は自分用の椅子に腰掛け、ハードカバーの本を広げて読みだした

山吹はちょっとした時間、短い待ち時間があればすぐに本を開く

大抵クラスに1人くらいはいるだろう? 休み時間でも友達と喋ったりせずに黙々と読書してるやつ

山吹はそういう人間だ

果たして山吹はプリン紛失事件の犯人なのだろうか?

手がかりの少ない今、可能性の話をすればキリがないのだが……

ーーー

カチャ

続いて入って来た2人目の被疑者は朝比奈瑠璃(あさひなるり)さん、農学部の3回生である

おっとりとしているようで時に鋭い、出るとこ出てる美人である

瑠璃「あら? 駿くん、どうかしたの?」

駿「あぁ、いえ、今日も朝比奈さんが素敵なので見とれていただけです」

瑠璃「あら♪」

普通ならドン引きするようなネタでも笑顔で返してくれるのが朝比奈さんだ

駿「今日はちょっと事件のネタを持ってるので、会長が来られるまで待っててもらえますか?」

瑠璃「あらそうなの? それじゃ、お茶でも淹れましょうかね♪」

そういって朝比奈さんは冷蔵庫やポットなどが置いてある方へと向かった

こういう家庭的なところがあるのも朝比奈さんのいいところだ

果たして朝比奈さんはプリン紛失事件の犯人なのだろうか

こんな素敵な人を疑うのは嫌なのだが、全ての可能性を考慮するのが鉄則である

ーーー

ガチャ

茜「おう、もうみんな揃ってるのか」

最後に入って来たのは杉野茜(すぎのあかね)さん、このサークルの現会長であり、理学部の3回生である

背は朝比奈さんほど高くないが、高校まで格闘技で鍛えていたという体は強靭である

茜「どうした? そんなとこに突っ立って?」

駿「いえ、ただ今日は久しぶりに事件を持ってきたんで、皆さんに待ってもらっていたんです」

茜「そうか」

性格はさばさばとしているように見えるが、実は熱い魂を持ったお人である

正義感に溢れてて曲がったことは大嫌い、みたいな

茜「それじゃ、さっさと例会始めるか」

果たして杉野さんはプリン紛失事件の犯人なのだろうか?

間違っても人のものを勝手に取ったりする人ではないと思うのだが

ーーー

あとは、今回の被害者である桜についても紹介が必要だろう

小金井桜(こがねいさくら)。理学部2回生。背は低め

そして、俺の妹である

俺と桜は年子の兄妹だから、俺が1浪した結果、桜とは大学で同じ回生になっている

そんなところだろうか?

もちろん妹なのだから色々と細かく書くこともできなくは無いが、今は必要ないだろう

ーーー

おっとそうだ、俺の自己紹介もしなければなるまい

姓は小金井、名は駿(しゅん)。農学部の2回生である

甘いマスクに渋い声、何を着ても似合ってしまう、そんな罪作りな男である

……はずもなく、「いかにも古都大学の学生らしいね」と言われてしまう、そんな男だ

今回は桜から事件の解決を依頼された、探偵役でもある

このサークル内で俺に探偵役というのが務まるのかは不安なのであるが……

まぁそんなことを言っても仕方がない