テレビ観てると、嘘吐いて残念なことになる人っているじゃないですか。政治家や芸能人に限らないけど、重大なことで嘘をつくと大変なことになる、というのは大人なら誰でも理解しているはず。
嘘がバレた人を見て、「正直に言っときゃいいのに馬鹿だね〜」と笑うのもよいのだが、ここで考えたいのは、なぜこの人は嘘をついても大丈夫と思ったのか、という点である。
嘘と言っても色々あって、無知や勘違いによって間違った情報を流布してしまう場合や、酔った時のことなどで忘れてしまっている場合もあるが、通常の精神状態なら間違えたり忘れたりするはずの無いこと、例えば誰々と不倫をしたとか、大きなお金の動きがあったとか、で間違ったことを言った場合、明確な嘘となる。
ニュースで取り上げられるような案件の場合、それが真実なのかどうかということに対する人々の関心は非常に高いので、当事者が認めようが否定しようが、裏をとって確かめるための努力が払われるというのは、当事者が予期していないはずはない。
な・の・に、重要な案件でも明確な嘘を吐く人は後を絶たない。それも、人生経験が豊富で、世間一般より賢いとされる人々でもそうなのである。
さて、嘘を吐くことが倫理的にどうかという問題はさておき、嘘を吐くことによる利益の期待値がプラスである場合、嘘を吐くことは得策であると言える。
ここで私が思うのは、重大な案件でも平気で嘘を吐く人というのは、過去に嘘をついて大丈夫だったケースを幾つも見てきたが故に、あるいは嘘がバレても大したことにならなかった事案を経験しているが故に、嘘を吐くのではないか、ということである。
そうだとすると、人が嘘を吐かないようにするためには、嘘を徹底して暴くための努力と、嘘を吐いたことがバレた人に対する制裁を増やすことの、少なくともどちらかをする必要がある。
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