最終話を観て_2017夏アニメ その1

・「バチカン奇跡調査官」
観て楽しめたが、基本的にはキリスト教界の闇を扱っているので、あまり気分の良いものではない。

・「メイドインアビス」
1話を観た感想で、「暇つぶしに観れそうな感じ」と書いたが、最後まで見ると良作だった。前半はリコの幼さが目立つ展開だったが、後半に登場したオーゼンやナナチといった熟成したキャラクターがいい味を出していた。アビスの動植物もよく設定されていて感心させられる。

・「アホガール」
今期で一番、繰り返し観ている作品。1話を観た感想でも書いたが、この作品には無駄がない。特に面白いキャラクターは母よしえ。

・「プリンセス・プリンシパル」
よくできた作品だった。アンジェが良い。ストーリーも展開がなかなか読めず、楽しめた。

・「セントールの悩み」
1話を観た感想で「暇つぶしにしかならないと思う」と書いたが、間違いだった。後半はなかなか面白い。設定に凝りすぎた感じは拭えないが、特に後半は1話1話が味のある仕上がりになっていた。

・「異世界食堂」
素晴らしい作品。毎クール料理を題材にした作品が1つか2つ放送されるが、この作品は料理の作り方に焦点を当てず、むしろ店に訪れる様々な客の生き方を描いていた点で興味深い。

・「ノラと皇女と野良猫ハート」
よく分からんが、面白いといえば面白い。

・「てーきゅう」(9期)
安定の面白さ。

mplayerで右側のモニタに連続再生したい

自宅のメインコンピュータ (Ubuntu)は6,7年前からデュアルモニタであるが、動画を観るときには基本的に右側のディスプレイでフルスクリーン再生している。

そのため、これまではmplayerで-geometryオプションを用い、再生位置を指定していた。

例えば、FullHD (1920x1080px)の画面を2つ横に並べている場合であれば、

# mplayer -geometry +1920+0 -fs [file]

としてやると、右側のディスプレイでフルスクリーン再生が始まる。

単一の動画を再生する場合はこれで何も困らないのだが、1回のコマンドで複数の動画を連続再生しようとすると、最初の動画は右側で再生されるが、次の動画が左画面で再生されてしまう。

昔のアニメをながら観したいときなど、これでは困るので、もう一度mplayerのマニュアルを読みなおして次のように変更した。

# mplayer -screen 1 -fs [file] [file] [file] … [file]

こうしてやると、2本目以降の動画も問題なく右側で再生されるようになった。ただしこれらの設定は、ディスプレイドライバ等の環境に依存する可能性がある。

私はNVIDIAのプロプライエタリなドライバを使用しているので、アニメ動画(殆どがH264)を再生する際に使用するaliasは以下のようにしている。

alias animeplayer=’mplayer -screen 1 -fs -vo vdpau:hqscaling=1 -af scaletempo -vc ffh264vdpau -speed 1.8′

“心が叫びたがってるんだ。” を観て

地上波放送版を観た。テンプレな感じもするし、ツッコミどころもあるにはあるが、全体としてまとまりがよく、良い作品になっていると思う。

この作品には、無駄な台詞や演出がほとんど無かったと感じる。逆に、野球部員の関係性とか、坂上と仁藤の過去とか、1回観ただけでは分かりにくいように思える箇所も存在するが、映画という枠ではちょうどいい情報量なのだと思う (Wikipediaによると、本作品の上映時間は119分であるが、TV放送はCM含め130分だったので、私が観たものは、ED以外にも一部がカットされていた可能性が高い)。

キャラクターでは、仁藤が良かった。

……と、ここまで感想を書いた段階で、地上波放送でのカット具合はどうだったのだろうかとGoogle検索してみると、やはり多数の箇所でカットが入っていたらしく、私が分かりにくいと思った部分は概ねカットされたシーンで説明されているようである。本作に限らないことであるが、地上波放送が単に実写映画を宣伝する手段となってしまうアニメ映画は多い。この作品なら、DVDを借りて観る価値はあると思うので、こんど暇なときに観て、改めて感想を書くのが正しいと思う。とはいえ、カットされていても知識と理解力である程度は補えるし、内容に疑問が残ることはアニメ映画作品としての価値をそれほど貶めないと思うので、地上波カット版もそれはそれで良いと思う。

最近観終えたアニメ

・「ゼロから始める魔法の書」
テンプレ的な流れもあるが、絵や音楽も含めアニメとしての出来が良かった。

・「競女!!!!!!!!」
下らないが、笑って楽しめた。1話を観るのが遅かっただけで、観始めたら一気に観れた。

・「兄に付ける薬はない!」
これも一気に観れた。面白い。中国で非常に人気があるらしいのも理解できる。

最近考えていること

・「頭の悪い奴ばかりでは困るが、皆に賢くなられても困る」
テレビでニュースを観てて、頭の悪い記者やコメンテーターの話を聞いていると、こっちの頭がくらくらとしてくるが、こういう記者やコメンテーターが干されないのは、番組を観ている視聴者の大多数が、記者やコメンテーターと同程度かそれ以下のオツムをしているからであり、大衆の低能さにイライラとさせられるわけだ。しかしながら、よく考えてみると、今現在私が比較的楽な生き方をすることができるのは、周囲の人間より知識と理解力を持っているからであって、皆が賢くなってしまうと、私の持っている優位性が失われてしまう。

・「欲望に忠実な人間は嫌いじゃない」
悪いこと、あるいは法律に違反していなくても、自分にとって迷惑なことを行う人というのは常に存在するが、それが当人の原始的な欲望に忠実だと、そんなに憎めない。原始的な欲望はこちらも理解しやすいので、あとは相手の知能レベルさえ推し図れれば、どういう状況で何をするかは予想がつきやすく、対策も立てやすい。ところが、原始的でない欲求、私から見たら「そんなことして一体全体なんの得になるの?」というようなことで迷惑をかけてくる人々がいる。こういう奴らは脅威である。

・「識別コストは難しい」
少し前、知り合いから、「オスがオスに交尾を試みる生物がいるらしいが、それは人間以外でも同性愛があるということか?」と聞かれた。私は「ある種の昆虫では、同種か他種か、あるいは性別を識別せずに交尾を試みるものが知られていて、そういった種では識別にコストをかけるより、トライの数を増やすことで適応度を増していると考えられている」と答えた。洞窟や深海に住む生物が発達した目を持たないというのはよく知られているが、生物学においては生物のあらゆる機能にはコストがかかるという見方をする。人間は識別能力を教育や高度技術によって高めることで、適応度をあげるという手法を高く評価しがちであるが、教育や高度技術にかかるコストが、得られる利益を上回っては意味がない。私は例えば、コンピューター関連の小物 (ケーブルとか、HDDケースとか)を買うときは、決まったメーカーから買うようにしている。現時点で出回っている全製品の機能と価格を比較して最良のものを選択するのが良いようにも思えるが、たかだか数千円の製品にそれだけの識別をする時間と労力がもったいないと思っているからだ。とはいえ、この考えを突き詰め行動すると、世間一般で差別と呼ばれる行為に当たる場合があるので、気をつけなければならない。