Pがちがう

作: Hiroki ITO, 校正: Mikiyasu KOBAYASHI

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姫花「まずは会長、犯人は誰ですか?」

議長役の山吹はまず最初に会長に尋ねた

茜「これは勘というか何と言うか、はっきりしたものがあるわけではないんだが」

茜「桜が犯人ではなさそうだ、というのは感じたな」

茜「だから、とりあえず紙には『犯人は駿』と書いておいたぞ」

なんで俺!?

姫花「なぜ桜ではないと?」

茜「コンピュータの難しいことはよく分からないが、桜なら悪いことをするにしても、もっと上手くやるんじゃないかと思ってな」

桜「悪いこと……普段してなくもない」

おいおい、こんなとこで自供するな

茜「それに、何か推理の流れを読むと、初期段階でミスを犯していたような気がしてならないんだ」

茜「なんというか、このままこの道を進んでも行き止まりみたいな感じ」

姫花「なるほど」

茜「駿、と書いたのはただの当てずっぽうだよ。特に理由はない」

姫花「分かりました」

姫花「それでは朝比奈さん、どうですか?」

瑠璃「そうねぇ、私も「犯人は駿くん」、って書いたわ♪」

瑠璃「でもやっぱりちゃんとした理由は無いの」

瑠璃「あーちゃんが言ってたように、やっぱり何か最初の方で間違っていた気がするしね」

姫花「それじゃ次は駿、お主はどうだ?」

駿「俺は、『会長』と書きました」

駿「会長も言われてましたけど、どうも今までやった捜査とは関係ない理由で事件が起こったように思えるんです」

駿「つまり、キーロガーを使ったり、総当たりでパスワードを解析したりとか、そういう手法じゃ無い気がするんです」

駿「となると一番考えられるのは、会長自身がパスワードを間違えている可能性、ということになりませんか?」

駿「最初の方で会長は否定していたけど、やはり自分でパスワードを変更して間違えたとかじゃないかと俺は思いました」

姫花「なるほど」

駿「せめて、会長の設定していたパスワードが何だったのか、教えてもらいたいところですね」

会長はパスワードを言うのを随分と躊躇っているようだった。そうなると余計知りたくなるというのが人情だ

茜「えっ? いや、絶対に教えないぞ。絶対にだ! 特に駿、お前にはな」

駿「えっ? なんで俺だとダメなんですか?」

茜「なんでもだ!」

うりゅ〜

姫花「駿、確かに会長のパスワードを知れば、ヒントにはなるだろうな」

茜「えっ? そうなのか?」

姫花「えぇ、しかし絶対に必要な情報というわけではないですね」

姫花「それじゃ次、桜はどうだ?」

桜「えっとね、実は桜も犯人分かっちゃったんだ♪」

駿「なんとっ!」

桜「トリックというか原因というか、そっちは結構最初の方で気付いちゃった」

桜「だけど、犯人はその時だと分からなくて……」

桜「気付いたのは、姫ちゃんが『犯人が分かった』って言った後かな」

桜「なんであのとき姫ちゃんが分かったのか、って考えたらすぐだったよ」

桜「だってタイミング的に直後だったんだもん」

姫花「確かにそうだな」

桜「それじゃまぁ解説は議長の姫ちゃんに任せるとして」

桜「一応、桜も分かってたってことを証明する為に犯人の名前を……」

そう言って桜が持ち上げて皆に見えるように広げた紙にはこう書かれていた

「犯人は朝比奈さん」

ーーー

姫花「さて、」

山吹が、探偵規約15項で定められているという台詞で推理の披露を開始する

姫花「まず最初にはっきりさせますが」

姫花「会長のパスワードは変更されていなかったのです」

えっ!?

駿「それはどういうことだ?」

姫花「そのままの意味だ。会長のパスワードは変更されていない。これが答えだ」

茜「いや、でも確かに……」

瑠璃「まさか、CapsLockが効いてて実は大文字が入力されてたから、なんてオチじゃないでしょうね?」

姫花「えぇ、もちろんです」

姫花「CapsLockだったら犯人は朝比奈さんじゃなくて直前に使用していた私でしょう」

姫花「ただ、今の朝比奈さんの指摘に近いと言えば近いですね」

茜「もったいつけないでさっさと言ったらどうだ? なぜ朝比奈が犯人なのか」

姫花「勿論そのつもりですよ」

姫花「つまり、変更されたのはパスワードではなく、キーボード。もっと言えば、キーの配列だったのです」

瑠璃「ん? あー……」

瑠璃「あっ! あぁ」

姫花「思い当たったようですね。というか、本当に今まで気付いていなかったんですか?」

瑠璃「あーもう。……そうね、気付いてなかったわ」

瑠璃「私としたことが……」

ここで桜が立ち上がってコンピュータの方へと歩いて行き、途中で気付いたように俺を手招きした

証拠のキーボードを確認する為なのだろう。1人で行っては証拠としての価値が無くなるからだな

姫花「朝比奈さんがキーボードの配列を変更した」

姫花「だから、会長は正しいパスワードを打ったつもりでも、コンピュータには間違って入力されていた」

桜が指し示すあたりのキー配列を改めてよく見てみると、確かにそうだ。"J"と"K"の位置が入れ替わっている!

駿「確かにキーボードの配列が変わってますね」

駿「でも、なぜ? なんで朝比奈さんがわざわざそんなことを?」

キーボードのキーを入れ替えて何か得することでもあるのだろうか?

瑠璃「それは、」

姫花「“また”、キーボードに飲み物をこぼしたから、ですね?」

瑠璃「……えぇ、そうよ」

「はぁ」と隣で桜が溜息を吐く

桜「朝比奈さん、だからコンピュータの近くに飲み物を置いたりしないで下さい、って言ったじゃないですか」

瑠璃「ごめんなさいね。ちゃんと綺麗にしたからバレないと思ったんだけど……」

「テヘッ」という効果音がしそうな笑顔で朝比奈さんがウインクした

正直俺なら本体がぶっ壊れても許せる。もちろん朝比奈さん相手ならの話だが

桜「まぁこのキーボードは水洗いできるタイプなので、大丈夫ですけど」

桜「本当に、気をつけて下さいよ」

姫花「朝比奈さんは恐らく15日にコンピュータの電源を入れてすぐ、キーボードにコーヒーか何かをこぼした」

姫花「そのため、ログインする前に慌てて電源を落とした」

駿「なるほど、しかし電源を抜かなくてもUSBケーブルを抜けばいいんじゃ?」

姫花「確かにな。だがよく見てみろ」

そういって山吹はコンピュータの方へと歩いて行き、本体を指差す

MMDだかMDDだかいう古いマシンはさっきと同じく机の下に鎮座している

駿「あぁそうか、そうだな。このマシン、USBポートが背面にしかないもんな」

おまけに机の下は少し埃っぽい。そりゃ電源を落とした方が早いし楽だな

姫花「そして、朝比奈さんはキーを取り外して汚れを拭き取り、キーをはめ直した」

姫花「しかしその時、キーの配列を間違えた状態ではめてしまった」

姫花「その後、電源を入れ直す。だから、残っていたLastログにはあのような不自然な記録が残されたというわけだ」

なるほど、そうだったのか。これで大体のところは納得いった

茜「確かに、それじゃ私がいくらパスワードを打ってもログインできないわけだ」

茜「……んっ?」

茜「しかし、それだと少しおかしくないか?」

桜「何がですか?」

茜「だってそのキーボードをはめ直した後、朝比奈は同じキーボードを使ってるんだろ?」

茜「それに山吹、お前もだ。私が使う前に使ってただろ? キーボードの配列は間違ったままじゃないか」

姫花「あぁ、そんなことですか」

姫花「すみません、朝比奈さんから言ってもらえますか?」

瑠璃「えっ、私から? それくらい別に直接言っても大丈夫だと思うけど。そうね、」

瑠璃「あーちゃん、あのね、あーちゃん以外は皆、キーを見なくても打てるから、キーの表記が変わってても気付かなかったのよ」