財布が欲しい

 私は普段、貴重品を入れるケースとして、小銭入れ、札入れ(2つ折りタイプ)、カード入れの3つをポケットに入れて持ち歩いている。皆さんが穿いているズボンはどうか知らないが、私が普段穿くズボンには少なくとも前左右、後左右で合計4つのポケットが付いているので、そこに分散して入れることで、スッキリと収納でき、座るときも困らない。どうでもいいが、私は長財布を後ろポケットに半分飛び出た状態で挿している初対面の人間に対しては、信用格付けを1ランク落としている。

 さて本題であるが、私が今使っている財布類は、どれも革製であるが10年以上使われているものである。カード入れは中学の卒業時にもらった記念品で、高校入学時からずっと使いつづけているので、11年目である。小銭入れと札入れは私の手に渡ってからは5年程しか使っていないが、どう考えても既に5年以上は使ったと思われる状態で父親から譲り受けたので、10年以上であることはまず間違いないと思っている。譲り受けたといっても、実際には父親がボロくなったのを捨てると言ったので、それをもらっただけである。

 あるWEBサイトによると、革財布の寿命は一般に3年だそうである。父親のお古である小銭入れと札入れは、BURBERRYのブランド品なので比較的良いものであると仮定しても、10年は大分経ってしまっている。私は別にオシャレな店でショッピングを楽しむような生活を送っているわけではないし、周りにいる人々も多くが質素な暮らしをしているので、何もおニューのブランド財布をポケットから取り出して見せびらかしたいと考えているわけではないのだが、あまりにボロいものを使っていると少し悲しくなるのである。

 が、一方でモノを大事に使い続けている、という状態もカッコいい気がしないでもない。それに、10000円の財布を買ってそれを使う喜びよりも、自由に使える10000円がボロい財布に入っている喜びの方が、勝る可能性が高い。そう考えてしまうと、やはり安物ではない財布を自分で買うという決断には現在の経済状態では至れない。この貧乏くさい考え方には、今私が使っている財布類が、どれも自分で購入したものではないという事実も深く関係していることだろう。

 というわけで、今使っているボロい財布とサヨナラする私にとって最高のシナリオは、誰かから財布をもらうということである。よくよく考えてみれば、私の見立てで5年以上使われた財布を、ボロくなったと父親が判断して捨てようとしたのが約5年前なのだから、私の見立てが正しければ、今私が使っている財布の次に父親が購入した財布を、「父親が」ボロくなったと判断する時期が近い可能性があり、恐らく「私は」それが今使っているものよりボロいとは判断しないだろう。

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