※この記事は2013/09/04に書いたものです。
前回と同じく、山形で森林調査をしている。
今回は、ブナがいかに素晴らしい樹木であるかということについて書きたい。
私は山形県の山地で毎木調査の補助という仕事をしている。毎木調査とは、ある一定区間に現存する樹木を全て数え上げ、樹種を同定し、胸高直径や樹高を記録するというものである。至極単純に言えば、この毎木調査を行うと、森林内にどういった種類の木がどれだけあるのか、ということが分かる。例えば近頃は地球温暖化問題への対策に関連して、森林が持つ炭素を蓄積する役割に注目が集まっているが、ある地域に1haの森林があったとして、その森林がどれだけの炭素を蓄えているのか調べ、またその量が今後どうなるか予測するためには、どうしても毎木調査が必要になる。
この毎木調査の補助にどういった作業が含まれるかというと、まずは調査用具の運搬、そして次に調査区の設置、そして実際の調査での役割分担、となる。このうち実際の調査では、私は調査員が読み上げる樹種名や測定値を紙に記録するという作業を仰せつかっていた。ちなみに私も一応は森林に関する分野を大学で学んでいるため、毎木調査に参加するのが今回初めてということは無い。ただ、散々実習で覚えさせられたはずの樹木同定に関しては、研究室配属後はまったくその知識を使っていなかったため、既に忘却の彼方である。今回の調査地に出現する種で言えば、ブナ、ミズナラ、トチノキ、サワグルミ (いずれも大木になる) 辺りはそれなりに自信を持って言えるが、それ以外となると点で駄目である。
さて、この作業において、記録すべき項目というのは、樹種、DBH (胸高直径)、そして樹高である。これ以外に、各個体が同じ株から出ているだとか、枝が折れて衰弱している、などの備考を記す事もある。これらを紙に書く作業は、案外スピードを求められる。そして主な3項目のうち、最も筆記の時間を消費するのは、種名である。ここまで読んで、やっと冒頭で宣言したブナの素晴らしさについて、多くの人にご理解いただけるのではないかと思う。そう、ブナはたった2文字なのである。ブナ以外にも、カタカナ2文字で標準和名となる樹種はあるが、今回の調査地ではブナ以外に出てこない。つまり、ブナが最強なのである。ブナという字面を構成するカタカナも、それぞれ比較的単純な構造で、画数にして合計たったの5である。これに比べると、ウリハダカエデのなんと面倒なことか! 総画数で22もあるのである。しかしそれでもまだ私は、記録表の一行ごとに種名を略さずに記録するというスタイルを続けていた。ある樹種が出現するまでは……。毎木調査の場合、同じ樹種が連続して登場することもあるので、前に記録した固体と同じ樹種であれば、次の行では樹種名を省略して書くこともできる。しかし、普段コンピュータ上で表計算ソフトを扱う人間として、それは望ましくない表記の仕方であると私には思えた。表計算ソフトで記録を行う場合、行を並べ替えたり、フィルタをかけて特定の行のみを表示させたりする操作を行う都合上、データは必ず毎行が意味を持つようにすることが良いのである。だから私は、たとえウリハダカエデが10個体連続で出現しようとも、ウリハダカエデ、ウリハダカエデ、ウリハダカエデ、ウリハダカエデ、ウリハダカエデ、ウリハダカエデ、ウリハダカエデ、ウリハダカエデ、ウリハダカエデ、ウリハダカエデ、と毎度毎度ボールペンで野帳に書き記していたのである。なお、長い種名を何度も書くのが嫌なのであれば、ウリハダカエデを略して「ウリハダ」と書けばよいではないかと考える人もいるだろうが、それも私にとっては避けるべきことのように思われた。この調査が私一人の手によって行われ、データを解析するのも私が単独で行うというのであれば問題無いかも知れないが、さまざまな人が扱うデータの作成を、金を貰う仕事として行う以上、最終的な結果に人為的ミスが紛れ込む可能性を少しでも高めるのは私の主義に反するのである。が、そんな私の科学者 (の卵) としての意識さえ打ち砕く強敵が突然現れた。その名も、「オオバボダイジュ」である。この恐るべき敵は、8文字の中に濁点を4つも含み、総画数は30である。オオバボダイジュの前ではウリハダカエデの22画などまだ可愛らしいものである。残念ながら、私はこのオオバボダイジュの前に屈してしまった。連続して同じ樹種が登場する場合は、2番目以降をちょんちょんで代用することにしたのだ。おのれ、オオバボダイジュ! そして私自身の弱さ!いつかお前に打ち勝つべく、下宿に戻ったらオオバボダイジュを紙に速記する訓練をしようと心に決めた。……まぁ嘘だけど。
さて、くだらない話はこれまでにして、ここからは真面目な話を書く。今回、調査で入っている地域には、前述したようにブナが生えている。直径が1mを超える立派な巨木もあった。他にもトチノキやカツラの大木も目にしたし、細い木も含めた本数ではウリハダカエデが多かったりもする。だが全体的にはブナ林と表現するのが適切だろう。ブナという木は、樹皮がひび割れたり隆起していたりすることが少なく、滑らかな表面となっていて、美しい木である。ところがこれが災いしたのか、登山道沿いに生えているブナの立派な木の何本かに、字が彫ってあるのを発見してしまった。その字というのも、案内となるようなものではなく、単に誰かが自分の名前を彫ったようなのである。そういうことをしたくなる心理も分からないではないが、どうにも見ていて腹立たしい、と私は思った。そもそも、その傷つけられた木は国有林野の木なので、立木 (「りゅうぼく」と読む) を故意に傷つければ犯罪である。国有林の生存木に自分の名前を彫るなどという行為は、都市公園にある御手洗の壁に落書きするのと同じような行為と考えていい。
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