宮崎の話_その1 (無法地帯)

 今年は7月と9月(~10月)に宮崎県綾町へ野外調査をするために訪れた。7月が4泊5日、9月が3泊4日の日程である。その時の出来事を少しずつ書いていきたい。

 7月、日曜日であったがその日も調査のため朝早くから山中へ入った。調査中の基本的な活動リズムとしては、日の出前に起床→調査値へ移動→朝食を摂る→十分に明るくなった頃に調査開始→昼食→暗くなったら調査終了→風呂に行く→夕食を摂る→寝る、という感じである。3食のうち、昼と夜は完全に買い食い (食パンと総菜みたいな組み合わせ)なのであるが、朝食だけは持参のアルコールストーブとクッカーを使ってお湯を沸かし、ラーメンやスープを作って食べることにしていた。日の出が大体5時半くらい、調査を始められるほど明るくなるのは7時過ぎてからなので、その間に炊事して調査の準備を済ませる。今から書くのはその時間帯に起こったことである。

 私が炊事を終えて調査用具の準備をしていると、1台の軽トラがやってきた。私の調査プロットは舗装された細い山道の途中にあるのであるが、その山道というのは入口に鍵のかかった門があり、一般車両が通行することはできない。しかも落石が多い道で谷側にもガードレールはほぼ無く、なおかつ途中から非舗装となるような道路なので、生活道路ではなく、完全に森林管理のための道路である。そんなところにやってきた軽トラであるから、当然私と同じく山に用事があるのだと思われた。慣れない土地でしかも1人で調査をするに当たっては、地元の人に迷惑をかけることはもちろん、怪しまれることも避けなければならない。なるべく挨拶などして可能なら何をしているのか伝えるのが良いだろう。向こうも人気のない山中にいる私を不思議に思ったのか、速度を緩めて私の前で止まった。軽トラに乗っていたのは2人の年配男性 (70代?)である。

 「何しとんや?」 (言葉遣いについては記憶が曖昧)と聞かれたので、私は正直に「山で昆虫の調査をしています」と答え、加えて自分がどこからやってきたのか、許可を受けて調査を行っていることなどを伝えた。私は私で、この半閉鎖された道路をどういう人々が通行していくのかが気になったので、その年配男性2人に対し「猟友会の方ですか?」と尋ねた。いきなり猟友会を指定して質問したのには訳がある。1) 山道入口の門に「有害鳥獣駆除実施中」の張紙があった、2) 年配男性が朝早くに軽トラで山に入るとかいかにも猟師っぽい、3) しかも軽トラの荷台にはシートが被せてあって、猟具か獲物を積んでそう。猟友会の方ならば、この地方での狩猟のやり方とか獲物の生息状況とか、軽く聞いてみるのも勉強になりそうだし、それに万が一、自分の調査地内かその付近に罠が設置されているとなれば、調査に当たって配慮が必要になる。ところが年配男性2人の返答は、「いや、そうやないんやけどな……」と言う何やら曖昧なものであった。

 その後、二言三言当たり障りの無い会話をした後、「そんじゃ頑張ってな」という台詞を残して軽トラは発進した。結局その2人が何をしに来たのかは不明のままである。気になった私は、去ろうとする軽トラの荷台をヒョイと見た。荷台のシートは荷台の前半分を覆ってはいたが、後部は覆っておらず、しかも車両後側からはシートで覆われた荷物の一部が見えたのである。するとなんと、荷台に積まれていたのはとんでもないものだったのだ。

 ……と、ここまで読んで、その「とんでもないもの」とは一体なんだろうかと考えてみて欲しい。もちろん、人間の死体などといったblogに書けないレベルのヤバい代物ではない。産業廃棄物、それも確かにとんでもないが今回は違う。では何かというと……

 積まれていたのは、鳥であった。鳥篭に入れられた小鳥である。もちろん一部しか見えていないのであるが、生きた小鳥が複数匹、トラックの荷台に積まれていたのである。つまりあの男性2人は、山に小鳥を捕りに来ていたのである!

 これがいかにヤバいことであるか分からない人もいると思うが、基本的に野性の鳥というのは勝手に捕獲をしてはいけないのである。鳥を捕まえてもいいのは、猟期の狩猟 (対象種、期間、捕獲方法、免許所持など規制あり)か、有害鳥獣駆除や学術研究目的等で許可を得た場合である。が、まずこの時は7月なので猟期ではなく、狩猟による捕獲であるはずは無い。しかも、カワウやカラス類以外の鳥で有害鳥獣駆除の依頼が下りるとは考えにくいし、老人2人が学術調査をしているとも思えない (これは多少偏見であるが、実際そのような許可が下りていないことは後で確認済)。つまり十中八九、密猟なのである。荷台の鳥を見てすぐにそれを理解した私は、慌てて走り去る軽トラのナンバーを控えた。ただしその日は日曜であったため、森林を管理している機関への連絡はしなかった。

 その後、別の軽トラがやってきて私の調査地近くで水汲みを始めた。山の斜面にパイプが挿してあって、綺麗な水が出ているところがあるのである。その軽トラに乗っていた初老の男性に話を聞いてみたところ、この山地には鳥を捕るため週末になると毎週のように複数台の車がやってくるという。あくまでその男性の談なので真偽は不明だが、鳥を捕る人々は県外からもやってくるらしい。なんと、ここでは小鳥の密猟が盛んなようである!ちなみにそのおじさんは、「確かチョウセンウグイスとかいうのを(その人達が)捕ってるぞ」と言っていたが、Wikipedia情報からすると宮崎にはチョウセンウグイス (Horornis borealis)が頻繁に見られるほど生息しているとは思えず、おじさんの聞き違いではなかろうかと思う。

 その後、鳥を捕っていたと思われる男性2人が乗った軽トラは、林道の反対側へ抜けたらしく、同じ道を引き返してくることは無かった (もっとも、当日は夕方から雨が降り私も早めに市街へ戻ったのであるが)。その日以降も調査中に鳥を捕っていると思しき人が乗った車は通らなかった。水汲みおじさんが言っていた通り、密猟者がやってくるのは基本的に週末なのだろうか。

 後日、自身の調査が終わってからその森林を管理している機関へ、鳥を捕っていると思しき人と遭遇した件を報告したのであるが、担当者の反応は「鳥を捕ってる人がいるのは知ってるし、見つけたら注意くらいはするけど、それだけだねぇ」という何とも頼りないものであった。車のナンバーまで控えていた私からすれば拍子抜けである。この担当者は管轄する森林内で犯罪が起きれば逮捕する権限があるはずなのであるが、数グループ程度の密猟者は大した問題でないと考えているようであった。まぁ私が出会った2人組の年配男性も、至って人の良さそうな感じであったし、それほど大規模にやっている感じでもなさそうだったので、事を荒立てたくないという気持ちも分からないではないが。しかしそれでも密猟は密猟であり、野鳥の会とかなら怒り狂いそうな話ではある。ちなみに、その森林管理をしている方によれば、密猟者達が主に狙っているのは、ソウシチョウ (Leiothrix lutea)という鳥のようである。このソウシチョウ、Wikipediaによると、スズメ位のサイズであるが実に綺麗な鳥であり、鳴き声もよいらしい。しかし外来種であり特定外来生物にまで指定されている。

Post a Comment

Your email is never published nor shared.